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2012/05/30

Suicide of A Superpower (超大国の自殺)

2009年6月16日から搭載していた、「Unnecessary War」の著者、パトリック・ブキャナンの、昨年10月に出版された近著、「Suicide of A Superpower - Will America Survive to 2025?」(超大国の自殺‐アメリカは2025年まで生き延びるか?)といういささかショッキングなタイトルの本をご紹介したいと思います。内容は、タイトルそのものずばり。著者は、米国の最近の政治・経済・文化情勢を踏まえ、綿密な人口統計、国民の投票行動などの資料を駆使し、現代アメリカの病根をえぐりだし、近未来のアメリカのみならず、世界の姿を鳥瞰しています。現代「史」briefingには必ずしもそぐわないものの、現在進行形の現代史と受け止めていただければ幸甚です。
原著全文はアマゾンで読むことが出来ます。
とりあえず「序文」と「まえがき」を搭載します。

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序 文

「われわれが育った国に何が起こったのか?」
 10年前の、病むアメリカ、滅びゆく西洋(訳注、原題=The DEATH of the WEST:How Dying Populations and Immigrant Imperil Our Country and Civilization-邦訳、宮崎哲弥監訳、成甲書房、2002年) と同じように、この本はその設問に答えようとするものである。しかし、超大国の自殺は、それとは違う時代、それとは違うアメリカについて書かれている。病むアメリカ、滅びゆく西洋が2002年の新年に出版されたとき、国民は統合されており決然としていた。アメリカは無血の勝利をタリバンからかちとっており、国民の10人のうち9人が、勝ち誇ったジョージ・W・ブッシュを支持していた。大統領は、その年1月の一般教書演説で、われわれが立ち向かうのは「悪の枢軸諸国」である、とつたえ、二度目の就任演説では、アメリカ兵を、「世界の暴虐を終わらせるための」偉大なる十字軍と呼んだ。不遜な時代だった。
 この本は、アフガニスタン戦争から10年、イラク戦争から8年、1930年代以降アメリカが蒙った最悪のリセッション、債務危機のあと、国家が分裂状態にあり、すべての分野で後退を余儀なくされているような状況のなかで出版された。いまの世代は経験したことのない耐乏と緊縮の時代に突入した。しかしアメリカが下方の循環過程に向かっているように見えるのは経済と政治の分野だけではない。社会的に、文化的に、倫理的に、アメリカは堕落社会と衰亡国家の様相を呈している。 
 信義が死ぬと、文化が、文明が、国民が死ぬ。それが進路というものである。そして、西洋を生みだした信義が西洋において死に直面すると、ロシアの草原からカリフォルニアの海岸にいたるヨーロッパ人の末裔は途絶えはじめる。そして第三世界が、居場所を求めて北方へ行進をはじめる。直近の10年間は、決定的とはいえないまでも、確実に、われらの文明が小春日和におかれていたことを証明している。アーノルド・トインビーが書いている、「文明は自殺によって死ぬ、殺されるわけではない」。そのとおりである。われわれは遺産を食いつぶした放蕩息子である、しかし、放蕩息子と違って、われわれには帰るべき家がないのである。                      


まえがき

             国民がこまかく分かれているのは哀れである。そのそれぞれが一国だと思っている。

                               カーリル・ギブラン 1934 
                                 予言者の庭園

             この国は割れようとしている、とわたしは思う・・・。
                               ジョージ・ケナン  2000
             遠心力が支配的になった。
                               リー・ハミルトン  2010

 「ソビエトは1984年まで生き延びるだろうか?」、これはロシアの反体制派、アンドレイ・アマルリクの1970年のエッセイのタイトルである。強制追放されて、アマルリクは、1980年、スペインで交通事故に会って死亡した。かれの言葉を真面目に受け取ったものはほとんどいなかった。しかし、かれの死後9年経ってソビエト帝国は崩壊し、ソビエト連邦は解体した。
 このことがわれわれとどう関わるか?想像以上のものがあろう。
 ソ連と同様、アメリカは同盟国、軍事基地、駐留軍で構成する一つの帝国を支配している。またアメリカは、果てしないように見えるアフガニスタンの戦争を戦っている。またアメリカはイデオロギー国家である。またアメリカは、多人種、多民族、多文化、多宗教、多言語の国である。またアメリカは帝国として伸びきっている。
 多くのものは反射的にアメリカとの比較を拒否する。ソビエト帝国が、マルキシズムのイデオロギーを、力とテロルで押しつけられた国々の監獄だった時代、アメリカはその同盟国が好きなだけアメリカの保護を求め得る民主国だった。 
 とはいえ、その類似点には驚かされる。
 なぜならば、ソ連邦を解体させた民族ナショナリズム、一国のなかで人々を分離させようとして部族主義にまで陥ったすさまじい力は、世界を分割するのみならず、アメリカ統合の縫い目までも裂こうとしている。そして一つの国民としていったん定義された理想―自由、平等、民主主義―は腐敗して、アメリカ独立革命当時のものよりも一層古臭いマルキシズムの概念にとって代わられようとしてきた。
 国家とは何ぞや?
 国民とは、共通の祖先、文化、言語をいただき、同じ神をうやまい、同じヒーローをあがめ、同じ歴史を大事にし、同じ祝日を祝い、同じ音楽、詩、美術、文学、そして同時に、リンカーンの言葉でいう「情愛の絆・・すべての戦場と愛国者の墓地からすべてのひとびとの心と家庭に拡がる神秘的な記憶の同調」を共有するものではなかったか?
 それが国家というものならば、われわれは、アメリカが依然として国家である、と本当に言えるのだろうか?
 わが国のヨーロッパ的、キリスト教的核心は小さくなりつつある。ここ数10年、新生児出生率は再生産水準を下回っている。2020年までに、白人アメリカ人の死亡は出生を上回る一方で、集団移民がアメリカの顔貌を変え続ける。2009年1/2月号のアトランティックの特集のタイトルは、「白いアメリカの終り?」というものだった。2009年のニューズウィークのイースター号の特集は、「キリスト教アメリカの退潮と崩落」だった。
統計がこれらの記事を応援していた。
 ほかの国々と同様に、米国にあって、その揺籃であった信義の消滅が社会の分解を促し、倫理的社会を終わらせ、文化の戦いを招いた。一方、グローバリゼーションは、われわれを国民としてまとめていた経済的自立の絆を崩壊させ、文化の多様化主義が古い文化を閉めだした。
 アメリカは分裂しはじめているのか?この本の答はイエスである。
 わが国は、民族的に、文化的に、倫理的に、政治的に分解しつつある。キリストの教えのようにわれわれはお互いに愛することをしなくなったのみならず、南部人が商売好きの北部人を毛嫌いし、北部人が農業奴隷制を維持する南部を毛嫌いしたように、お互いに憎み合っている。
 アメリカ人の半数は妊娠中絶を神の怒りに値する未出生児の殺人である、と考えている。残り半分は、出生権は反動的で抑圧思想である、とみている。2009年、ジョージ・ティラーが、中絶派として4人目の暗殺の犠牲となったが、ジェームズ・プイヨンは、反中絶抗議を行っていた、ミシガン州のオウォッソ高校外側の演説壇上で射殺された。ゲイ同士の結婚を擁護するものたちは、反対者をホモ嫌いの偏屈ものとみる。反対者は擁護者を、
聖なる夫婦関係の倫理的、法的地位を自然に反する行為に堕落させるものとみる。アメリカの2分の1が進歩と考え、2分の1は堕落と考える。いっときわれわれを結合していた道徳上の常識はどこかへ行ってしまった。
 キリスト教世界の聖なる日、クリスマスとイースターは、むかし、われわれを喜びで結びつけていた。いまわれわれは、それが公立学校で触れられるのかどうかで争う。アメリカ人の半分はアメリカ史を栄光の歴史とみる。あとの半分はそれを人種差別的と貶める。コロンブスとロバート・E・リーといった古い英雄たちは、カレンダーのなかで、マルチン・ルーサー・キングやセザール・チャベスにとって代わられるだろう。古い休日と英雄は、中米の根っこの一番狭いところで新しい悪口としてのみ生き延びる。メキシコ系アメリカ人はシンコ・デ・マイヨ(5月5日=訳注、1862年5月5日、メキシコ軍がフランス軍を奇跡的に撃退したことを記念するメキシコの祝日)を祝う。しかしほとんどのアメリカ人にとってその日は、あまりそのなかみを知らない、関心もない、ただの小競り合いがあった日にすぎない。アメリカ人には、その年は、アメリカの土地で史上最大の流血を招いた戦闘の年であると記憶されている:それはアンティエタムの戦い(訳注、1862年9月17日、メリーランド州アンティエタム・クリークなどで戦われた、アメリカ戦争史上一日で最大の戦死者、2万3千程度を出した南北戦争中の戦闘)である。
 24時間のケーブル・ニュース・ネットワークは文化的、政治的戦争の片方を選ぶ。音楽ですら、われわれを分離するように作曲されているようである。かつてわれわれは、クラシック、ポップス、カントリー・ウェスタン、ジャズを楽しんだ。いまわれわれには、人種、世代、民族集団を分かち、排除するように設定された無数のバライエティがある。
 われわれは、倫理、政治、文化の問題でたがいに分離しようとしているだけではなく、人種の面でもそうなりつつある。オバマ大統領が就任したときには、「人種問題以後のアメリカ」への議論と希望があった。オバマ政権誕生3週間で、司法長官のエリック・ホルダーは黒人の歴史月間を設け、われわれを、人種問題をより公開の場で論じない「臆病な国民」と断じた。最高裁判事のソニア・ソトメイヤーに反対し、ハーバード大学教授のヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアと対決したジェームズ・クローリー巡査部長を支持した保守派は、人種差別主義者と糾弾された。(訳注、2009年7月に起こった、著名黒人大学教授の白人警官による誤認逮捕事件のことを論じている。)かれらはかれらを告発したものとバラク・オバマの面前で、同じ汚い言葉を返した。
 2009年8月、ヘルスケア・リフォーム(医療保険改革)に反対する群衆がタウンホールに集まったとき、与党民主党院内総務のハリー・レイドは、群衆を「悪党ども」と呼び、議長のナンシー・ペロシはかれらの行動を「アメリカ的に非ず」ときめつけた。とはいえ、年末にかけてアメリカ人は、民主党よりはるかにティ―・パーティに好意を寄せた。
 上下両院合同会議で、下院議員のジョー・ウィルソンが「嘘つき!」とオバマの演説中に叫んだとき、かれの弁明を大統領は受け入れた。しかし下院の黒人幹部会は満足せず、ウィルソンを非難する指名投票を要求した。黒人幹部会メンバーの一人、下院議員のハンク・ジョンソンは、ウィルソンは人種差別を「扇動」した、したがって譴責されなければならない、さもなければ、われわれは「白いフードと白い外衣をまとって国中を馬に乗ってかけめぐり、人々を脅かす連中を動員」するだろう、と言った。
 ホワイトピアを求めて:白いアメリカの中心へのあり得ない旅の著者、リッチ・ベンジャミンの「ジョー・ウィルソンの胸中」のなかで、ベンジャミンは、ウィルソン議員の叫びは「有毒な人種差別と不法入国労働者に対する偏執のあらわれである」、と述べた。ジミー・カーターは、ウィルソンの叫びを、「人種差別に基づいている・・そこにはこの国の多くのものが抱いている、アフリカ系アメリカ人が大統領になるべきではない、という根強い感情がある」と言った。
 翌日カーターはこの話をむしかえした。
 わたしは、バラク・オバマ大統領に対して示された激しい悪意の大部分は、かれが黒人である、アフリカ系アメリカ人である、という点に由来すると思う・・。
 わたしは南部に住んでいる。南部と永くつきあっている。そしてこの国の残りの部分が、当時の南部が示した、少数集団、とくにアフリカ系アメリカ人に対する態度を共有しているところを見てきた。
 カーターはジョー・ウィルソンの真意がどこにあるか、どうして知ったのだろう?
 カーターは、タウンホールの集会に集まった群衆の「大部分」の動機が、「オバマが黒人であるから、アフリカ系アメリカ人であるから」であったと、どうして知ったのだろう?
 2009年9月のその同じ週、ケイン・ウェストは、MTVビデオ賞授賞の舞台にかけのぼり、カントリーミュージック歌手のテイラー・スウィフトのマイクを奪い、スウィフトの「ユー・ビロング・ウィズ・ミー」が女性最優秀ビデオ賞を受賞するに値しない、と本人に告げた。そして賞はビヨンセに与えられるべきだった、と。
 人種の意識は高まっている。たしかに、オバマ政権の初年度、アメリカ白人層を急進化させた。ロン・ブラウンスタインは、ナショナル・ジャーナルがまとめた驚くべき調査結果について書いている:
 白人は不安を感じているばかりではない。かれらは一層軽んじられている。大多数の白人は、昨年の騒動によって、政府、企業、金融機関に対する信頼を失いはじめたという・・。かれらの希望にかなう資産運用でどういった機関を信頼するかを訊ねたところ、30歳以上の白人の大多数は、「全然ない」と答えた。―ぞっとする記述ではある。
     
 2009年秋、USAネットワークに対する世論調査の大部分は、われわれアメリカ人は人種と宗教について「分断されすぎている」と答えた。一方、4分の3は、われわれは政治と経済において「分断されすぎている」、という。大多数は、新しい世紀に入って、分裂が悪化している、と考えている。人種的、宗教的多様性が国力である、とみるものは4人に1人である。
 これまでに戦われてきた問題を見てみよう。多くの場合それらは数10年にわたるものでもあった:公立学校における祈りと十戒、公園の十字架、進化論、死刑、妊娠中絶、自殺幇助、ES細胞研究、被差別撤廃運動(アファーマティブ・アクション)、輸入割当、バス通学(人種差別廃止のための)、南軍軍旗問題、デューク大学レイプ事件、テリ・シャイボ尊厳死問題、アムネスティ、拷問、イラク戦争。いま問題は「デス・パネル(訳注、生死決定審議会=サラ・ベイリンがオバマを攻撃するための造語。生かすか殺すかを決定する審議会の意味)」、地球温暖化、ゲイの結婚、社会主義、歴史書、そしてバラク・オバマは真に合衆国市民であるか、となっている。夫婦が、こういった基本的な信念にかかわる問題でアメリカ人がするように深刻な言い合いをはじめると、夫婦は離婚し、別々の長い道のりを歩むことになるはずである。
 雑駁な一般論議は不作法に通じる。政治の世界では論敵を打ち負かすだけでは充分ではない。相手を悪魔よばわりし、恥辱を与え、破滅させなければならない。太陽が沈めば、政敵がつきあい上の友達となる、という、下院議長のサム・レイバーンが議事終了後、「検討会(ボード・オブ・エデュケーション)」に共和党議員を招いたような伝統は過去のものとなった。今日、われわれは政治を犯罪のように扱い、のど首をかき切るところまで行くようになっている。
 2011年1月、ツーソンで、気の狂ったガンマンが女性代議士のガブリエル・ギフォードに恨みを抱き、彼女を銃撃し、9歳の少女、と連邦判事を含むその他6名を射殺したとき、デイリー・コス(訳注、アメリカのリベラルに属する政治ブログ、民主党支持)のマル
コス・ムリツアスは、ただちにツイートした:「使命完了、サラ・ペイリン」。それは1週間継続するペイリンと保守派コメンテーターに対する告発キャンペーンにつながった。殺人者がそのもとに行動する「憎悪の環境」をととのえ、集団虐殺をお膳立てした、というものとされた。国民がともに冥福を祈る、という方向ではなく、虐殺事件は国民の亀裂を拡大させたのである。
 2月、ウィスコンシン州のスコット・ウォーカー州知事が、州職員の優遇されている医療保険と年金の拠出を大幅に増額し、賃上げの集団交渉権をインフレ率範囲にとどめるという提案を行ったとき、州都(マディソン)は数万の怒り狂ったデモの嵐に見舞われた。民主党の州議会上院議員たちが法案の成立を阻止するためイリノイ州へ脱出したあと、教師たちの山猫ストがはじまった。
 しかし、これはわれわれを分かつ政治の単純な恨みの問題にとどまらない。以前、われわれは、トルーマン=マッカーシー時代、ベトナム戦争、ウォーターゲートといった時代をすごした。しかしこうした不穏な日々のあとには良き時代が続いた:アイゼンハワー=ケネディとレーガンの時代には国家的信頼が再生され、その頂点で1989年の、半世紀継続した冷戦の平和的終焉が輝いたのである。
 いまは何かが違っている。われわれが育ったアメリカはなくなった。「神のもとに、分断されることのない一つの国家」を顕わす一つの旗に、ともに忠誠を誓った、統合と普遍の目的は消え去った。今日のアメリカで、人々をたがいに隔てるものは、心である。
 「イー・プルラバス・ユーナム」(e pluribus unum )―OUT OF MANY, ONE(多数でできた一つ)―は、1776年の人々が築いた国家の標語(モットー)である。今日、多数はいるが、一つはどこにいるのか?
 「中心で何が起こったのだろう?」、インディアナに戻った時、引退した民主党議員のリー・ハミルトンは訊ねた。「ゲティスバーグでの問題」―アメリカは一つの国家である続けるだろうか?―は、「今日に影響をおよぼす大問題である」。
 カーター大統領はハミルトンに応えた。
 この国は驚くほど分極してしまった・・。レッド(共和党)、ブルー(民主党)の州だけのことではない・・。オバマ大統領はワシントンで、われわれが見たこともないほど分極化された状況に悩まされているー多分、アブラハム・リンカーンのころ、南北戦争がはじまった時代よりも。
 2010年、勝利をおさめてカリフォルニア州知事に返り咲いたジェリー・ブラウンは、就任の6ヶ月後、古きライバルのジミー・カーターに共鳴した。「われわれは市民の不協和音のさなかにいる。わたしは国家と州の危険を見くびらない・・。われわれが直面しているのは・・、体制の危機である。立法府である民主的機関そのものに問題がある」。
 バラク・オバマは反対していない。ウィークリー・スタンダードのフレッド・バーンズが「最初のアフリカ系アメリカ人大統領としての、われらが道徳的権威の保持者」と皮肉っていたにもかかわらず、オバマは、新しい、好感情の時代(訳注、ジェームズ・モンロー大統領の1817―1825年ころの時代をさす)を思わせる手法で仕事をはじめた。2010年のレイバー・デイに、オバマはウィスコンシンの聴衆に対して、沈んだ調子で述べた、「みな、わたしを犬みたいに話かけてくる」。 
この本のテーマはここにある。アメリカは分解しようとしている。われわれを離れ離れさせようとする力は容赦なく襲いかかってくる。かつてわれわれを結びつけていたものは溶解した。これが西洋文明の真実である。「この国には、もはやハイフンでつなぐアメリカニズム(訳注、○○系アメリカ人、という言い方のこと)の生じる余地はない」、とセオドア・ルーズベルトは、1915年、ナイツ・・オブ・コロンブス(訳注、コロンブス騎士会=米国の保守的なカソリックの組織)に警告した。「この国を崩壊させ、一つの国としての統合を妨害する絶対確実な方法は、国民をたがいに、それぞれの民族性をあげつらわせ、紛糾するにまかせておくことである」。
ルーズベルトが警告したことは、そのとおりになってしまった。一方、国は、その基本的な義務の遂行に失敗している。もう国境を守れなくなっているし、予算を均衡させることもできない、戦争にも勝てない。
兄弟愛の絆が腐食すると、民主主義の危機がせまる。アメリカは3年続けて国内総生産(GDP)の10%の財政不足を示している。連邦政府の資金不足債務は数10兆を数えている。ハーバート・スタイン(訳注、アメリカの経済学者、1916―1999)の法則によれば、永遠に続かないことがあれば、それはいずれ終わるのである。今後10年のなかばにいたるまでに、福祉=軍事国家をもとに戻さなければ、合衆国は通貨的に、財政的に崩壊する。すでに、スタンダード&プーア社は米国債券の格付け引き下げに動いており、世界中の債権者は、アメリカはデフォルト(債務不履行)を起すか、ドルを破壊するワイマール流のインフレーションの危機に見舞われざるをえなかろう、と見ている。2010年、投資家がドルに戻っているが、それはギリシャとアイルランドの債務危機がユーロを脅かしたことだけの理由による。1777年、英国が北アメリカの植民地を失うきっかけとなった、バーゴインのサラトガにおける敗北(訳注、アメリカ独立戦争中の一つの戦い)のニュースを聞いて、ジョン・シンクレア(訳注、イギリスの法律家、1754―1835)は、絶望的に、イギリスは破滅に向かっている、とアダム・スミスに手紙を書いた。
「国家的大破滅です」、スミスは返事した。スミスの意見を厳密に検証してみることとする。
                         
  
           (序文、まえがき 了)


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2010/12/04

Human Smoke むすび

むすび
 本書のなかの出来事は1941年12月31日で終わっている。第二次世界大戦で死んだもののうちの大多数は、このときはまだ生きていた。 
 第二次大戦は「善い戦争」だったのだろうか?戦争は助けを求めていた人々を助けられたのだろうか?この本を書きはじめたとき、わたしはこの設問の答を知りたかった。わたしは、新聞記事、日記、メモ、回想録、公式発表などを根拠とした。それぞれ出来るだけ正確な日付を記した。二次資料よりもものごとを知るには有用である。しかし二次資料もかなり活用させてもらった。すべて資料は公開されたもので、一般に手に入れられるものである。そしてすべては英語で書かれたものである。
 ニューヨーク・タイムズはーきびしい検閲下にあったイギリスの新聞にくらべてーこれ一紙だけで、戦中、戦前の抜群に豊富な資料を抱えている。ラジオ演説、公的新聞発表、航空機が撒布する宣伝ビラ、翻訳された外電、スクープされた議会法案などなどすべてが、その良い報道とともにニューヨーク・タイムズで見つかる。ニューヨークのヘラルド・トリビューンも特ダネの泉だった。事実、第二次大戦に関してわたしが俄然興味を持つことになったのは、ヘラルド・トリビューンのベルリンと東京に対する爆撃についての見出しを見たことがきっかけだった。マーチン・ギルバートのたくさんの本ーとくにチャーチルの戦争記録に関するものーはこの本の執筆に大いに役に立った。
 ー(各方面に対する謝辞を省略)ー
 この本の題名は、ヒトラーが手を焼きはしたが従順だった部下の将軍、フランツ・ハルダーの言葉を借りたものである。ハルダーが戦争末期、アウシュヴィッツ強制収容所に収監されていたとき、独房に流れこむ煙を見た。かれは、それは人間の煙(Human Smoke)だった、と尋問者に答えた。
 わたしはこの本を、クラレンス・ピケットほか米英の平和主義者たちに捧げる。かれらはその目的を達することが出来なかった。しかし、かれらはユダヤ難民を救けようとし、ヨーロッパを飢えから守ろうとし、アメリカと日本の仲介をして戦争を防ごうとした。かれらは失敗したが、正しいことをした。
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2010/11/30

Human Smoke 40

NYT 1941年12月31日
 マッカーサー将軍は日本の空襲によって破壊された、マニラの文化遺産のリストをつくった。63機の日本の爆撃機の行為は「文化を守る国際法のすべての手続きに対するまったくの違反である」、とかれは言った。「古く美しきサント・ドミンゴ教会は、その聖なる遺物とともにいまや瓦礫と化したが、黒衣の聖職者はその前で人々のために祈りを捧げている」。マッカーサーはつけ加えた、いつの日か、「復讐」の手だてが講じられよう。 
 しかし、マニラのほとんどは無傷だった。三年後に回復されたとき、アメリカの空爆と砲撃で街は真っ平になっていた。

ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン 1941年12月30日
NYT 1941年12月28日
タイム 1942年1月5日

 与党リーダーで一貫して参戦派の上院議員、アルベン・バークレイは、日本のマニラ空爆は最悪の愚行である、と言った。「東京のことを考えてみたまえ」、バークレイは言う、「人口はマニラの十倍だ、わが方の爆撃機が押し寄せて壊滅される日が必ず来るというのに」。それは1941年12月29日のことだった。
 もとの孤立主義派、バートン・ウィーラー上院議員もまったく同意見だった:「日本の行動から出てくる結論はただ一つ」、とかれは言う、「かれらは人間ではなく、半分しか開化されていない民族だ。将来もそういう扱いしか受けないだろう」。いまの悲劇は、爆撃機がイギリスにまわされていて、長崎、横浜、東京を爆撃できないことだ。
 ネブラスカの上院議員、ジョージ・W・ノリスは、日本の街は、「地上から焼き消してしまう」攻撃に向いている、と言った。「それがかれらの運命である」。

シカゴ・トリビューン 1942年1月1日
タイム 1942年1月5日

 真珠湾で戦傷を負った傷病兵の何人かがサン・フランシスコに到着した。それは1941年の大晦日だった。「まず歩けるものが出てきた」、とシカゴ・トリビューンが報じた、「高い灰色の船腹のタラップを、腕に包帯、松葉杖をつきながら降りてくる。続いて看護兵が担架の兵士を降ろし、救急車に運び入れた」。途中、一人の火傷を負った患者が息を引き取った。タイム誌のインタビューに一人の兵士が応じた。「最初ぼくたちはだれとも戦争なんかやりたくなかった。だけど、いまはやつらに一発お見舞いしたいですよ」。

NYT 1942年1月1日
蒋介石「演説集」
NYT 1942年1月1日 日本の首相、東条英機大将は、大晦日のメッセージを出した。「戦争はいま始まったばかりである」。
 蒋介石総統も大晦日のメッセージを出した:「時きたらば、まずは海と空からわれらの敵に懲罰を与え、最終的には地上の兵力を抹殺するだろう」。
 そしてヒトラーも。「ユダヤ=ボリシェビキに対する偉大なる闘争の第一年度は終わった。そして二年目が始まろうとしている。国民の生命のため、日々の糧のため、またその未来のために戦うものには勝利が訪れる。しかしユダヤ的憎悪に動かされて、この戦いで人類を抹殺しようとするものは破滅を見るだろう」。
 ルーズベルト大統領は祈りを求めた。
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2010/11/25

Human Smoke 39

ハロルド・ニコルソン「戦争の日々、1939-1945」
 サイゴンから飛び立った日本の急降下爆撃機がプリンス・オブ・ウェールズを沈めた。この戦艦は、チャーチルがルーズベルトと大西洋憲章に調印するために乗った船だった。乗員はその半数が死んだ。1941年12月10日のことである。
 オックスフォード・サーカスを横断していたハロルド・ニコルソンは大きな掲示を見た:プリンス・オブ・ウェールズとレパルス撃沈さる。交差点は人の波で埋まった。「急いでビフテキ食べないと」、とニコルソンは日記に書いた。「シェリーを一杯やって元気を出そう」。

ジョン・へインズ・ホームズ「独白録」
NYT 1941年12月15日 
 ニューヨークのコミュニティ・チャーチで平和主義者の劇作家、ジョン・へインズ・ホームズは、真珠湾以後初めての説教をした。「国益を守るアメリカ人にとって何よりも問題があることは、報復、復讐、懲罰、敵討ちです」。「このような行動からは何も善いことは得られません。ただ災厄と途方もない破滅をもたらすだけです」。かれは勝者が敗者と同じレベルに陥るローマの勝利についての聖アウグスティヌスの言葉を引き合いに出した。そして「わが世の文明の貴重な宝がいま失われようとしています」、と言った。1941年12月14日のことである。

マーチン・ギルバート「チャーチルの戦争記録」
 チャーチルは戦争の今後の展開について参謀長たちにメモを書いた。「日本人に自分たちのやったことを思い知らせるためには焼夷弾をつかって日本の都市を燃やすことがもっとも有効だろう」。1941年12月20日のことだった。

ライフ 1941年12月22日
 雑誌ライフは日本人と中国人の見分けかたについて記事を載せた。1941年12月22日のことだった。 中国人はまっすぐな鼻梁と薄黄緑の肌を持っている。そしてどちらかといえば背が高くほっそりしている。一方、日本人はパグ(狆)のような鼻を持ち、がにまたであり、土着の祖先の体形とも似ていない。「現代日本人は有史以前に日本列島を侵略したモンゴロイドの子孫で、その前から住み着いていた原住民と混交した」。この記事の次に掲載されていた写真は、日本の首相、東条英機のものだった。

デヴィッド・E・リリエンソール「デヴィッド・E・リリエンソール日記」
モラン卿「チャーチル」
 テネシー渓谷公共事業体(TVA)理事長のデヴィッド・リリエンソールは合衆国上下両院合同会議でウィンストン・チャーチルが演説するところを聞いていた。スピーチは傑作だった。韻の踏み方、想像力のかきたて方、でかれがこれまで聞いた名演説のうちの一つ、とかれは思った。まるで「イギリスのライオンの怒号のように聞えた」。
 「日本は確実に罰せられる、とかれが保証したとき」、リリエンソールは日記に書いた、「満場が沸いたーこの戦いで初めて聞いた血戦への決意だった」。
 チャーチルは庭づたいにホワイトハウスへ戻っていた。最初自分のスピーチがどうだったか気にしていた。かれは主治医のモラン卿に訊ねた。大好評だったことがわかった。「わたしはいつも的を外さないのだ」、かれは言った。1941年12月26日のことだった。
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2010/11/15

Human Smoke 38

ロバート・スミス・トンプソン「帝国諸国と太平洋」
ジャン・ポートカー「サラとエレノア」
NYT 1941年12月8日
議会報告記録第87巻
ハナ・ジョセフソン「ジャネット・ランキン」
ロナルド・ベイリー/ナンシー・ラングレン「ジャネット・ランキン」

 ケープをまとい黒の腕章を巻いたルーズベルト大統領はエレノアを伴って、スピーチのために議事堂に着いた。銃剣をつけた陸軍と海兵隊の兵士が入り口を固めていた。大統領は、「いわれなき卑劣な攻撃」を受けて日本帝国に対して宣戦布告することを議会に要請した。多数の生命が失われている、とかれはつたえた。演説の終わりにかれは微笑し、手を振った。1941年12月8日のことだった。
 採決の前、弾劾演説が続き愛国詩が読み上げられた。「地獄からの殺人鬼、日本人はわれらののどに食らいついた」、オレゴンの議員、ホーマー・エンジェルは形容した。日本は蛇のように攻撃をしかけた、ジョージアの代表、ジョン・ギブソンが言った。かれらは滅ぶ、「そう、不正に攻撃された国民の総力で滅ぼされるのだ」。
 モンタナの平和主義の議員、ジャネット・ランキンが発言を求めた。「議長、聴いてください」。議長のサム・レイバーンは彼女を無視した。ジャネットは続けた、「議長、正式発言です」。彼女は無視され続けた。「坐んなさいよ」、だれかが言った。議員の一人が彼女につたえた、「やつらは本当に真珠湾に爆弾を落としたんだよ」。
 「何人死んだかが問題ではありません」、ランキンは言った。
 名前が呼ばれたとき彼女は起立した。「女性として、わたしは戦争には行けません」、彼女は言った。「そしてだれにも行かせたくはないのです」。
 彼女の票は唯一の否決票だった。ブーイングが巻き起こった。コートの預かり所のところで何人かの陸軍士官が彼女に突っかかった。「酔っ払っているんじゃないの!」彼女はそう言って電話ボックスに避難した。
 後刻、彼女は、同僚議員から満場一致で可決するよう圧力がかかった、という話をした。ー戦争の相手側は悪いに決まっている、不同意があることは我慢ならない、全員一致でなければー。違うのよ、ランキンは思った、わたしはデモクラシーのために一票を投ずるのです。

ザ・ネーション 1941年12月13日
 ザ・ネーションの編集者、フレダ・カーシュウェイは、真珠湾以後というコラムに書いた:
「宥和政策の結果がこれである」、と彼女は書いた。「恐怖はアメリカ人を一つにさせた。今日、われわれはお互いを、そして国を愛する。心のなかには、まとまりという豊かな感情が芽生える。血液のなかには敵に対する憎悪と軽侮の念が流れる」。

ハナ・ジョセフソン「ジャネット・ランキン」
 ウィリアム・アレン・ホワイトは自分の新聞、エンポリア・ガゼットに社説を書いた。それは下院でのジャネット・ランキンの投票に関するものだった。
 「ガゼットは彼女の立場にはまったく反対である」、ホワイトは書いた。「しかし何と大胆な行動だろうか!」ホワイトは言う、否決したい議員は百名ほどはいるはずである。「かれらはその勇気を持っていないだけなのだ」。それは1941年12月10日のことだった。
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