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2010/07/12

Human Smoke 2

NYT 1935年3月15日
NYT 1935年3月16日

 ルーズベルト大統領は、太平洋の珊瑚礁、ウェーキ島を合衆国海軍の管理下においた。かれは、パン・アメリカン航空に対して、ウェーキ島、ミッドウェー島、グアム島に滑走路を建設することを許可した。それは1935年3月14日のことである。
 日本の軍事当局が喜ぶはずはない。空港は軍事基地となり得るのだ。「これら島々は天然の『航空母艦』である」、と日本海軍の退役した元総司令官が書いた。「絶好の飛行隊の作戦発進基地となる。一旦敵に占拠されるや、わが国の防衛をただちに脅かすこととなる。」
 

NYT 1935年3月18日
 クエーカー教徒のクラレンス・ピットと反戦伝道師のハリー・エマーソン・フォスディックは、ルーズベルト大統領に、オーバル・オフィス(大統領執務室)のお茶に招ばれていた。1935年4月のことだった。海軍は、アリューシャン列島とミッドウェー島の近辺で演習を行うことを要望していた。アリューシャン列島は合衆国からはるかに遠く、日本に近かった。
 ピケットにとって、「それは、日本人にわれわれが筋肉を鍛えているところを見せつけ、わが国を侮るとどういうことが起こるか、意識的に警告するもののように思われた。」
 ルーズベルトは一人で喋った。かれは語り、そして回想した。「わたしたちは、こみあげる懸念を口にした方が良いかどうか、迷いはじめた」、とピケットは書いた。とうとうフォスディック師が口をはさみ、そんなに近い場所で海軍の大演習を行うことの危険に注意を促した。ルーズベルトは、ハーバードの級友の一人に日本人がいて、その級友がアメリカ征服の話をしたことがある、と言った。「大統領に、海軍の遊び場作りを止めさせるよう、説得することに失敗した」、とピケットは言った。


NYT 1935年4月28日
NYT 1935年5月3日
フランクリン・D・ルーズベルトと外交問題、第2巻515-6頁

 160隻のアメリカ軍艦と、450の航空機が太平洋で大演習を行った。ー米国史上最大の演習だった。1935年4月のことである。平和グループであるフェローシップ・オブ・リコンシリエーション(和解の仲間たち)が、日本国民に書簡を送った。写しはルーズベルト大統領にも送った:曰く、「あなたがたにメッセージを送りたいと存じます。すなわち多くのわが国民、とくに教会やシナゴーグのメンバーたちが、この演習に大反対している、という事実についてです。」
 書簡は続ける。81年というもの、日本と合衆国は友好関係を維持してきた。「宗教団体に関係していようといまいと、多くのわが国民がこれらの演習に反対し、わたしたちの永続的かつ減衰することのない友情の保証に、精神的に参加しています。」ルーファス・ジョーンズ、ジョン・へインズ・ホームズその他15人がこの書簡に署名した。
 もと日本海軍軍令部長の加藤寛治提督は、アメリカ海軍の演習は、「家の隣で剣を抜くようなものだ」と言った。
 「飛んでもない話だ」、合衆国海軍作戦部長のスタンレー提督もそう言った。

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