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2009/06/19

Unnecessary War - 序章 西欧の大いなる内戦

 戦争は個人が作る、国家が作るのではない。
 -サー・パトリック・ヘイスティングス 1948    英国弁護士、作家


 近代の帝国諸国家のなかで、英国は問題なしに、ローマ帝国以来最大の帝国であった。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランド、地球上の5つの素晴らしい自由主義国家はこの母胎から生れた。中国人が初めて自由を知った、香港とシンガポールが続いた。英国がいなければ、インドは世界最大の民主国家にはならなかっただろう。イギリス人がアフリカにやってきたとき、そこは原始の部族社会だった。かれらが去ったあと、道路、鉄道、電話、通信設備、農場、漁場、工場、鉱山、訓練された警察、公務員が残されていた。
 すべての帝国と同じように、負の側面はある。阿片戦争、アイルランドの馬鈴薯飢饉などである。しかし英国の罪はバランスで考える必要がある。英国はトラファルガーとワーテルローでナポレオンの独裁にとどめを刺し、ヒトラーが打倒されるまで帝国を維持した。しかしすべての帝国がそうであるように、英帝国もいつかは崩壊の運命にあった。ジェファーソンの「人はみな平等に創られた」という思想はウィルソン大統領の「民族自決」に受け継がれた。ウィルソンの国務長官、ロバート・ランシングは、これをダイナマイトと評した。民族自決の原理が西欧の帝国を滅ぼした。
 ウィンストン・チャーチルが1911年、海軍大臣として入閣したときはだれしもが英国の優位を認めていた。1965年、かれが死んだとき、ほとんどが失われていた。英国に何が起こったのだろうか?1914年に始まり、1919年のパリ会議で終わった戦争は、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、ロシア帝国を倒し、レーニン、スターリン、ムソリーニ、ヒトラーの世界に道を拓いた。ユダヤ人と数千万のキリスト教徒の殺害、ヨーロッパの荒廃、大陸の半分のスターリン化、毛沢東主義の狂気の中国、そして半世紀にわたる冷戦を招いたのは、1939年に始まった戦争であった。
 すべてのヨーロッパにおける戦争は内戦である、と言ったのはナポレオンだった。歴史家たちは、1914-1918年及び1939-1945年の二つの戦争は、西欧の大いなる内戦として振り返ることだろう。
 ジョージ・F・ケナンは、すべての問題は第一次大戦に遡る、と言う。そしてこの二つのヨーロッパの戦争を世界戦争としたのは英国である。1914年、イギリスが対独宣戦をしなければ、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、ニュージーランド、インドは母国に追随しなかったろう。そしてアメリカも。ドイツは多分数ヶ月のうちに勝利しただろう。とすれば、レーニン、スターリン、ベルサイユ、ヒトラー、ホロコート、すべて存在しなかったことだろう。
 1939年3月、イギリスがポーランドに戦争保証を与え、9月3日に宣戦布告しなければ、ドイツ=ポーランド戦争は、5千万人が死ぬことになった6年間の世界戦争にはならなかっただろう。
 なぜ、二度にわたってイギリスは宣戦布告をしたのか?カイザーもヒトラーも英国を倒す意思はなかったのだ。両者とも英国との同盟を望んでいた。カイザーはヴィクトリア女王の一番年上の孫だった。ここで決定的な問いかけが起こる。この二つのおぞましい戦争は必要だったのか?ないし、選択された戦争だったのか?
 一つは、世界の脅威となったプロシア軍国主義をとどめるため、もう一つは世界を征服し、人類を奴隷化し、少数民族を抹殺し、闇の時代に導く狂信的なナチス独裁者を打倒するため、と説明される。
 第一次大戦で勝利を齎したデビッド・ロイド・ジョージは、「われわれはみな誤って戦争を起こした」と回想している。チャーチルもその回顧録で、
 「ある日、ルーズベルトからこの戦争を何と呼ぼうか、と相談があった。わたしはただちに、アンネセサリー・ウォー、第一次大戦の遺産を破壊する不要な戦争だ、と答えた」、と書いている。ロイド・ジョージ、チャーチルが正しいとすると、へまをしたのはだれだったのか?
 イギリスの戦争の大義についてはあまり論争はない。人々は、パッシェンデール、ソンム、ダンケルク、エル・アラメイン、バトル・オブ・ブリテンを語る。ナチ・ドイツに勝利した栄誉を英国とチャーチルに与える。ケネディ大統領は、チャーチルは英語を動員して戦場に投入した、と語った。チャーチルはラファイエットとならんで合衆国の名誉市民となった。
 この本は英国は英雄的であったかを問題にするものではない。その評価は決まっている。ではなくて、その政治家たちは賢かったかを問うものである。一世代のうちに諸帝国中の支配者の地位から、帝国にあまり愛情を持たないアメリカを唯一頼りにする国になってしまった。1942年までには、英国は国家の存立を合衆国に依存することになってしまった。だれが帝国を失わせたのか?
 この本を著すもう一つの理由がある。アメリカのエリートのなかにチャーチル教ともいうべきカルトがある。このカルトにとって、アメリカに対する挑戦、反抗は、もうひとつの1938年となる。敵対するものは「新しいヒトラー」であり、戦争回避の提案は「もうひとつのミュンヘン」となる。スロボダン・ミロシェビッチは、セルビア揺籃の地、コソボを確保したことで「バルカンのヒトラー」と言われた。1991年のサダム・フセインは「アラブのヒトラー」と呼ばれた。
 この固定観念は、われわれを攻撃したこともない、脅威にもならない、つねに友好的な国、セルビアを78日間にわたって爆撃することにさせた。9月11日のあと、チャーチル教徒は、粗野な大統領に、ヒトラーからヨーロッパを解放したように、サダムからイラクを解放することを吹き込んだ。
  V-Eデイの60周年記念祝賀会のため、モスクワに飛んだブッシュ大統領は、「V-Eデイはファシズムの終わりを告げたが・・・圧制を終わらせなかった」、FDRとチャーチルがスターリンと共謀して東欧、中欧に対して行(おこな)ったことは歴史の最大の誤りの一つである、ヤルタはミュンヘンに匹敵する、自由諸国を売り渡した恥ずべき行為である、と言った。
 ブッシュは、自分のしたことはまだましだと思っているのだろうか、この本はそのことを論じる。
 ヒトラーとその仲間たちは、その罪に価する罰を受けた。しかし、チャーチルの戦争の犠牲者の数を無視するわけには行かない。ヒトラーを倒すために5千万の生命が、本当に必要だったのだろうか?それは「不必要な戦争」だったのか? 
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