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2010/11/15

Human Smoke 38

ロバート・スミス・トンプソン「帝国諸国と太平洋」
ジャン・ポートカー「サラとエレノア」
NYT 1941年12月8日
議会報告記録第87巻
ハナ・ジョセフソン「ジャネット・ランキン」
ロナルド・ベイリー/ナンシー・ラングレン「ジャネット・ランキン」

 ケープをまとい黒の腕章を巻いたルーズベルト大統領はエレノアを伴って、スピーチのために議事堂に着いた。銃剣をつけた陸軍と海兵隊の兵士が入り口を固めていた。大統領は、「いわれなき卑劣な攻撃」を受けて日本帝国に対して宣戦布告することを議会に要請した。多数の生命が失われている、とかれはつたえた。演説の終わりにかれは微笑し、手を振った。1941年12月8日のことだった。
 採決の前、弾劾演説が続き愛国詩が読み上げられた。「地獄からの殺人鬼、日本人はわれらののどに食らいついた」、オレゴンの議員、ホーマー・エンジェルは形容した。日本は蛇のように攻撃をしかけた、ジョージアの代表、ジョン・ギブソンが言った。かれらは滅ぶ、「そう、不正に攻撃された国民の総力で滅ぼされるのだ」。
 モンタナの平和主義の議員、ジャネット・ランキンが発言を求めた。「議長、聴いてください」。議長のサム・レイバーンは彼女を無視した。ジャネットは続けた、「議長、正式発言です」。彼女は無視され続けた。「坐んなさいよ」、だれかが言った。議員の一人が彼女につたえた、「やつらは本当に真珠湾に爆弾を落としたんだよ」。
 「何人死んだかが問題ではありません」、ランキンは言った。
 名前が呼ばれたとき彼女は起立した。「女性として、わたしは戦争には行けません」、彼女は言った。「そしてだれにも行かせたくはないのです」。
 彼女の票は唯一の否決票だった。ブーイングが巻き起こった。コートの預かり所のところで何人かの陸軍士官が彼女に突っかかった。「酔っ払っているんじゃないの!」彼女はそう言って電話ボックスに避難した。
 後刻、彼女は、同僚議員から満場一致で可決するよう圧力がかかった、という話をした。ー戦争の相手側は悪いに決まっている、不同意があることは我慢ならない、全員一致でなければー。違うのよ、ランキンは思った、わたしはデモクラシーのために一票を投ずるのです。

ザ・ネーション 1941年12月13日
 ザ・ネーションの編集者、フレダ・カーシュウェイは、真珠湾以後というコラムに書いた:
「宥和政策の結果がこれである」、と彼女は書いた。「恐怖はアメリカ人を一つにさせた。今日、われわれはお互いを、そして国を愛する。心のなかには、まとまりという豊かな感情が芽生える。血液のなかには敵に対する憎悪と軽侮の念が流れる」。

ハナ・ジョセフソン「ジャネット・ランキン」
 ウィリアム・アレン・ホワイトは自分の新聞、エンポリア・ガゼットに社説を書いた。それは下院でのジャネット・ランキンの投票に関するものだった。
 「ガゼットは彼女の立場にはまったく反対である」、ホワイトは書いた。「しかし何と大胆な行動だろうか!」ホワイトは言う、否決したい議員は百名ほどはいるはずである。「かれらはその勇気を持っていないだけなのだ」。それは1941年12月10日のことだった。
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