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2010/07/21

Human Smoke 9

ジョージ・モーゲンスターン「パール・ハーバー」
 米(太平洋)艦隊司令長官、ジェームズ・O・リチャードソン提督は困惑し、苛立っていた。なぜルーズベルト大統領は、かれにこれほど西方へ、春の演習のあと、パール・ハーバーへ集結してじっとしているよう命じたのか?どうしていつものように、サン・ディエゴ、サン・ペドロ、ロング・ビーチというカリフォルニアの基地に戻さないのか?
 リチャードソンは上司のスターク提督(海軍作戦部長)に手紙を書いた。「これ以上の西方への行動は敵対行為となります」、とかれは書いた。「現状で、重要ではあっても決定的な国益のない西方にこれ以上関与することは大きなミスにつながるように思います。」それは1940年5月13日のことだった。
 一週間後、まだパール・ハーバーにとどまっていたリチャードソンは二度目の手紙を書いた。「われわれがここにいるのは、そもそもよその国の行動に影響を及ぼすためですか?」、かれは質問した。「われわれがここにいるのは軍事行動の踏み台とするためですか?」
 スターク提督から返事がきた。「きみたちがそこにいるのは、日本人が東インド諸島へ出て行くことを抑止するためだ。」スタークは言う、「日本人が東インド諸島へ出てくるって?きみは疑問に思うだろう。そうなったらどすれば良いか。わたしの答は、わからない、だ。神のみぞ知ることだ。」

ウォーレン・F・キンボール「チャーチルとルーズベルト」
 その夜、まだ1940年5月15日だった、チャーチルは首相としてのルーズベルト大統領あて最初の書簡を書いた。イギリスの必要とするものは、とチャーチルは書いた:40から50隻の駆逐艦、数百機の航空機、対空砲と弾薬、そして極東への支援です。「わたしは太平洋であの日本人の犬どもを静かにさせておきたいのです。そしてとにかくシンガポールをいつでも使えるように。」
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