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2010/10/22

Human Smoke 34

ベティ・フウチン・ウィンフィールド「FDRとニュー・メディア」
トマス・フレミング「ニューディーラーたちの戦争」

 記者の一人が、ルーズベルトに、つたえられている戦争計画について訊ねた。「知らないね、それは」、ルーズベルトは返事をした。かれは漏洩問題を調査するよう命じた。FBIは、親ドイツ傾向の強いウェデマイヤーを訊問した。しかし、ウェデマイヤーは犯人ではなかった。-のちに、上院議員のバートン・ウィーラーは、陸軍航空長官のハップ・アーノルドが計画を策定し、シカゴ・トリビューンに持ち込んだのである、と言った。
 ウェデマイヤーは、ルーズベルト自身が計画の公表を企んだのではないか、と疑っていた。「さしたる証拠はなかったが」、とウェデマイヤーは歴史家のトマス・フレミングに数年のちに語った。「直観として、わたしはルーズベルト大統領が漏洩を許可したのだと思っている」。
 勝利の計画はだれが洩らしたにせよ、それは挑発的に作用した。日本の新聞の見出しに:「米国の対日、対独秘密計画暴露さる」、と掲載された。

ジョセフ・E・パーシコ「ルーズベルトの秘密の戦争」
デヴィッド・E・リリエンソール「デヴィッド・リリエンソール日誌」
エール大学法学部「アバロン・プロジェクト」

 中国の大使、胡適博士は書斎にルーズベルト大統領を訪ねた。1941年12月7日のことである。その朝、主治医から点鼻薬を処方されたルーズベルトは、大きな声で、前夜の九時に日本の天皇に送った書簡を読み上げた。ルーズベルトはしばしば読むことをやめて、自分の作文を讃えた。「これで天皇はこっちのものだ。これは素晴らしい文章だ」。
 裕仁天皇あて書簡は、長期にわたる途切れることのなかった親交に触れ、新展開とその「悲劇の可能性」に及んだ。結びは次のように書かれていた:

わたくしは、ここもと、わたくしと同様、陛下が、この暗雲を払拭することの緊急性に思いを致されますことを心から希っております。われわれ偉大な二国の国民のみならず、隣接諸国の人間愛の観点からも、伝統的な友好関係を回復し、世界のさらなる破滅と荒廃を抑止することは貴弊両国の聖なる義務である、とわたくしは信ずるものであります。

 ルーズベルトはここで一息入れた。「これは記録としてまことに立派なものだ」、かれは言った。
 胡適大使は別れを告げた。大統領は収集切手の仕分け作業に入った。デパートから毎週送られる収集家用の封筒がまた届いていたのである。
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