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2010/10/15

Human Smoke 32

マイケル・S・シェリー「米空軍の興隆」
ロバート・スミス・トンプソン「戦争のとき:フランクリン・デラノ・ルーズベルトと真珠湾への道」

 ルーズベルト政権の陸軍参謀長、ジョージ・マーシャルは自室で、新聞各紙ータイムニューズウィークザ・タイムスヘラルド・トリビューン、それに三つの通信社ーの記者にブリーフィングをしていた。「われわれは日本攻撃を計画している」、マーシャルは述べた。かれは中国の航空基地の話をした。そしてフィリピンには35機のB-17が配備されていること、まだ増強中であることを述べた。フィリピンからウラジオストックへの爆撃機を往復させることを考えている、と。目的は「その空域を制空権で覆うことにある」。秘密厳守のことと言った。1941年11月15日のことだった。

リチャード・N・カレント「スティムソンは日本をどう『あしらう』つもりだったか」
 ヘンリー・スティムソンが日記に書いている。かれと、ノックス、スターク、ハル、マーシャルは、大統領にオーバル・オフィスに集められ、ルーズベルトの持ちだした問題を討議した。大統領は、日本の攻撃が迫っている、来週の月曜日かも知れない、と述べた。「問題は、わが方にあまり損害のない方法で、いかにしてかれらに第一発を撃たせるか、にある」。スティムソンは書いた。「それは難しい話だ」。1941年11月25日のことである。

NYT 1941年11月29日
 帝国議会の議員、カサイ・ジュウジは、「日米間で平和的外交によって話がつかない問題などはない」、と言った。1941年11月28日のことである。
 翌日、ニューヨークのウェストサイド・インスティチューショナル・シナゴーグのラバイ、ハーバート・S・ゴールドスタイン師は、合衆国と日本の政治家代表のために祈りを捧げた。「二国のいさかいには、生命、血、安全の代償がともなうことに、かれらが気がつきますように」。
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