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2010/10/03

Human Smoke 28

NYT 1941年8月23日
NYT 1941年9月2日

 日本の報道は、石油と航空燃料を満載した船舶のロシア寄港を猛烈に非難した。新聞、読売は、米国が「ウラジオストックまで、これ見よがしに日本の沿岸を航行して石油を運んでいる」と報じた。
 陸軍報道班長のマブチ・ハヤト大佐がラジオ放送した。イギリスとアメリカは日本に経済戦争を仕かけている、日本は「真綿で首を絞められている」。「外交交渉で平和的に決着しなければ、日本は力で包囲を破らなければならない」。それは1941年9月2日のことだった。

NYT 1941年9月6日
 アメリカ船、L.P.サンクレア号は9万5千バレルの航空燃料を積んで無事ウラジオストックに着いた。日本は合衆国に抗議をしたが返事はなかった。しかし、日本海軍は挑発行為に出なかった。1941年9月5日のことである。
 東京では、いつでも来る可能性のある空襲に備えるよう、市民に指示が出た。

ロバート・スミス・トンプソン「戦争のとき:フランクリン・デラノ・ルーズベルトと真珠湾への道」
 英軍極東司令部は、ダグラス・マッカーサーに、「日本を負かす法」というハウ・ツー・メモを送った。1941年9月19日のことだった。
 メモは、中国と仏領インドシナに「破壊組織」を設けよ、というものだった。組織は、プロパガンダ、テロ、サボタージュを武器として、「住民の不満を煽り、大規模な反乱に結びつける」。タイで組織は「広がらなければならない」、とメモは書いた。「日本人個人の暗殺も視野に入れること」。そしてウラジオストックの空軍基地は、日本の「死活の」範囲内にあると。
 メモは言う、政治的手段が失敗すれば「われわれは戦いを覚悟しなければならない」。
 
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