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2010/08/16

Human Smoke 16

ケネス・ソーンダーズ「賀川豊彦、日本の聖フランシスコ」
 著述家でクリスチャン改革主義者の賀川豊彦博士は、日本人牧師、阿部義宗とロックフェラー・センターでニューヨーク・タイムズ記者と面談をしていた。1941年5月14日のことだった。
 賀川は、伝道施設で教育を受けた孤児で神戸のスラム街に住む。1940年、平和主義の宣撫の科で短期間獄につながれた。あるものは、かれを、日本のガンジーと呼び、ある作家は、「文学において日本のゴリキー、信仰において日本の聖フランシスコ、貧民に対する愛において日本のトルストイである」とたとえた。そのころかれに会ったクリストファー・イシャーウッドは、かれのことを「顔色はきわめて蒼白く、厚い黒のフロックコートに身を包み、トラコーマでただれた目を眼鏡で隠していた、トラコーマのため、かれは握手することを禁じられており、挨拶のためにかれは前腕を差し出した」、と書いている。
 ニューヨーク・タイムズの記者に、賀川は、アメリカで会った人々と同じように、日本には戦争の話をしない多くの人々がいる、と語った。この旅には宗教上の目的があり、政治、経済、外交は無関係である、と賀川と阿部は説明した。それは祈りの旅であるー日米の平和維持の祈りの旅である。「わたしたちはどうすればお役に立てるか考えたのです」、と阿部は言った。「これまでの80年にわたる友情を守るために」。
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