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2010/07/23

Human Smoke 10

ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン 1940年6月22日
 ルーズベルト大統領は、新しい陸軍長官に、ハリー・ウッドリングに代わり、ヘンリー・スティムソンを任命した。中国人は喜んだが、日本人は喜ばなかった。「スティムソン氏は、アメリカの政治家のなかで、多分ほかのだれよりも日本人に嫌われている」、とニューヨーク・ヘラルド・トリビューンは言う。1940年6月21日のことだった。

チアノ「日記」 
 日独伊三国同盟調印のため、チアノ伯爵はベルリン行きの列車に乗っていた。ヒトラーの指示で列車は停められた。「RAF(英空軍)がそのあたりを空襲する危険性あり。総統は長時間の停車でわたしに危害が及ぶことを心配された」、とチアノは日記に書いた。1940年9月26日のことだった。
 かれはミュンヘンからベルリンまで空路を利用した。ベルリンの雰囲気は、かれが1939年、鋼鉄条約ー独伊の条約ーを調印したときよりずっと冷たいものであることに気づいた。ベルリンではいま食糧が乏しく、人々はサイレンの音に疲れきっていた。「だれもが毎晩、4、5時間、地下室で過ごしていた。みな睡眠不足だった。男女の仲は乱れていた。寒く、気分が陽気になることはない。」10時になると、人はみな時計を見た。そして家族と自宅で過ごすことを考えたる、とかれは日記に書いた。「爆撃の被害は大したことはなかった、神経戦の方に参っている」とかれは思った。
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